小僧一人旅(7)

「商冥加」と云う言葉がある。一つごとを「飽きない」でやり続けることを出来る事と、
冥加は神の恵みのことだから、頑張れば神様もきっと応援して下さる、そんな言葉の
意味と思う。今は貧じくも継続がいつか花開くと信じる事が出来るのは若さの特権だ。
「運」は自らがかち取るものと言うが、全てをいいように解釈をするのが一番と信じた。
故郷を離れて十数年、いろいろな経験や体験もしたが、所帯を持ち妻子を養うには
“男”の自信と経済の裏づけが必要だし、両親の病弱のことや長男としての責任の重さなど
まだ越えねばならないハードルが山積状態だが、亀の歩みの如くだが前進は実感していた。
一年が過ぎて初めて電話を買い名刺を作った。当時の名刺には電話番号も(呼)の名称の
ある人も多く一般的に普及するには、まだまだ電話の数が足りなかったのかもしれない。
出来た名刺を見て、小さい一国一城の主の夢を抱いていた青二才は、なぜか涙が出てきた。
しかし少しは軌道に乗ったつもりでも僅かの失敗も許される状況にはほど遠く、まだまだ
赤ん坊のヨチヨチ歩きの如く、いわゆる自転車操業の域を脱するには峠の一つや二つを
越さなければならいが、月々の売り上げが徐々に増えて一つの目安が見えた感じがした。
振り返ればあのときの数年は夢のようだが数十年の苦労を凝縮したような数年に思える。