小僧一人旅(12)

日比谷公園の花壇はチューリップの華やかな色に映えて傍は大勢のカップルたちが
青春を謳歌していた。相手は女将の遠縁の人で「おかず横丁」の寿司屋の二階で
お見合いをし、改めて日比谷のあたりを散策しながらお互いの身上を探り合っていた。
小僧は便箋に今までの履歴をしたためたが学歴や勤務先の無さはいかんともし難く、
生年月日と住所だけの綴りに引け目を感じた。彼女はとても感じのいい人だったが、
小僧にとってもお見合いは初めての経験のうえ、自信もないのにこのまま進むのは
いけないと思いつ、その反面、彼女を前にして、とてもいい縁を壊すのも惜しい
気がして胸の中が騒いだが、どうしていいのか分からない自分が情けなかった。
近くの有楽座では映画「恋愛専科」が上映されていて、二人は映画を見ることにした。
何年ぶりかの入館と作品の良さに、今の現実を忘れてスクリーンに釘付けになった。
スザンヌ・プレシェットとトロイ・ドナヒューの美男美女主演の映画はイタリアの
観光名所をバックに繰り広げられる恋愛ものだが、夢を見るような気分に酔った。
主題歌のアル・ディ・ラも歌がとても素晴らしく、今でも思い出すごと口ずさむ。
二人の雰囲気が映画を通して盛り上がりを感じ、縁の神の導きなのか独りよがりに
思って、帰りのレストランの席で、思い切って自分の正直の気持ちを彼女に告げた。
「今は所帯を持つ自信が無いけれど、三年間待って欲しい」彼女は無言でうつむいて
いたが、何日かして女将さんから返事が来た。「この話、無かったことにして・・・」
小僧は頭を下げた。現実は映画の筋書きのようにはいかない。