小僧一人旅(23)

harimaya2005-04-21

奈良の平城京の昔、都の西に竜田山という山が
あったそうな。ときどきに奈良を訪れるときには、
祖母の実家の思い出や、竜田姫のくれた「縁」が
小僧の人生に大きく関わった事をしみじみ思う。
独り立ち以来、朝から夜まで、休日もなく仕事に
明け暮れた日々は、結婚相手を探せる時間も、
機会もなく、ましてその条件さえ自信がなかった
小僧にとって、「お見合い」は必須だった。
この縁談はとんとん拍子に進んだ。何日かして
仲人さんと、相手と、その母親が店に訪れてきて
あの日のお婆さんを救った事が美談のように「縁」と結び付け、小僧の気持ちを評価され
将来を嘱望されたのか、話は次々と、式までの段取りや、日取りまで決められていった。
「恋愛」と「お見合い」の相違点は、仲人を介するか介さないかの差だけだろうと思うが、
恋愛の場合は会った時から情愛が優先するので、相手の正確な実像を見ない場合が多いが、
好いて好かれて咲く花は、どのような実でもその達成感はなにごとにも換えがたいだろう。
結婚を前提に中に人を入れた場合、人物の「保証書」のようなものがあるが、お互いの
時間を掛けた感情よりも、はっきり拒否の姿勢を示さない限り、仲人ペースで話が進む。
ためらいの気持ちはなかった。あとは運命の女神に委ねていれば、きっと“よしな”に
計ってくれることだろう。過ぎた時間は戻らないが、未来の時間は誰にも分からない。
やさしさを求め、ぬくもりを求めて、歩いてきた小僧が、やっと巡り会えた到達点だ。
もう裁断板の上で寝る事もないだろう、台所で立ち食いする事もないだろう、洗濯板で
手洗いする事もないだろう、ないないづくしの零からの出発点だが、世帯を持つ嬉しさと
責任のようなものが芽生えてきた小僧は、空に向かって叫びたい気分に胸が騒いだ。
式の日取りと場所が決まった。昭和40年4月吉日。文京区後楽園近くの小さな式場。
結納も、指輪も、旅行も無く、親兄弟のみで、ささやかに神前で夫婦の契りを誓った。
ときに小僧32才、嫁26才。そして小僧一人旅は終わった。