隠居の独り言(620)

日本の歴史を大きく変えた幕末から明治にかけて立役者を三人挙げるとすれば
多くの人は長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛大久保利通に落ちつくだろうし
自分も今までそう思ってきた。でも今年の大河「篤姫」を見て表舞台の彼らより
その陰で私利私欲を捨て献身的に日本の曲がり角を支えた偉大な三人を挙げれば
篤姫宮崎あおい)、小松帯刀瑛太)、徳川慶喜平岳大)ではないか、と感じる。
篤姫はドラマの中心人物で活躍場面を多く見たのでここは省くが、小松帯刀の場合、
島津久光山口祐一郎)の側近として薩摩藩をまとめ、西郷(小澤征悦)や大久保
原田泰造)などの才能ある軽輩を取り立て幕末の混乱期を乗り越えるが後半生は
病をおしてイギリス・オランダ等の外国との折衝をした実績は後々の日本の針路に
与えた影響は計り知れないものがある。版籍奉還の際も領地を差し出した清廉さも
立派なものだったが、帯刀は病には勝てず明治3年5月に全ての官職を辞し7月に
大阪で35年の生涯を閉じる。慶喜の場合、大政奉還をした後は朝廷には絶対恭順で
歴史の中から消えようとした彼の英知と政略が当時の日本を救ってくれた。もし彼が
将軍の権力に固執してあくまで戦争を続行しようとすれば日本中が内戦状態になり
住民や財産の被害は空前絶後だっただろうし陰で操っていたイギリス・フランス・
ロシア等の列強の餌食になり日本が植民地になったのは時の必至の国際情勢だった。
混乱の日本を支えたのは彼の私利を捨てた意志に勝るものなく維新の最高の功労者だ。
二条城の33歳で政界を完全に隠遁した慶喜大正2年まで77歳の長命を授かったが
のんびりと隠遁生活をした慶喜は最も幸せ者だったかもしれない。亡くなった後は
48歳で生涯を閉じた篤姫と夫・家定(堺雅人)と共に徳川家菩提所の上野寛永寺
葬られた。泉下で三人はきっとこのドラマを見ていた事だろう。各々どんな思いで
この作品を鑑賞し、その後の日本の歩みを憂慮したのかは想像しても胸が熱くなる。
戊辰戦争という日本にとって危うい内戦をしている最中にも冷静に国の将来を見つめ
破滅から救ったのは篤姫、帯刀、慶喜の三人を置いて特筆される人物は無いと思う。
吉川英治司馬遼太郎をはじめ歴史小説家の多くは個人の英雄ストーリーを描いたが
その陰で大きく史実を変えた功績ある人にあまり紙数に割かれていないのは残念だが
それは歴史の非情さでもあり彼らの業績が目立つことなく消えていくのは必然なのか。
作家・宮尾登美子の着眼点は大河という歴史ドラマの幕末編に、篤姫、帯刀、慶喜
三人に光を当てた事が成功の鍵だったと思う。その後の内乱は明治10年に起きた
西南戦争、翌年の大久保利通の暗殺まで続くが、明治の文明開化まで生き残り日本を
リードした人の大部分は単に運が良かったとしか言いようがない人物が多い。