隠居の独り言(857)

長州一藩に恥を掻かされた徳川幕府は全国諸藩の信用を失い力が衰えていくのは
時勢の流れだが、それでも勝海舟とともに幕府の二大秀才と目された勘定奉行
小栗忠順は徳川を立て直そうとフランスから軍資金や軍艦を借りようとしていた。
圧倒的なフランスの兵力・資力でまず長州を潰し逐次対抗する薩摩、越前のほか
諸藩を制圧して日本全土を徳川幕府のものにしようとする小栗なりの考えだった。
小栗は見返りに日仏合弁の製鉄工場を作り北海道以北を譲渡しようというもので
もし幕府が小栗案を取り上げていたら日本はフランスの植民地になっていただろう。
それは西洋列強がアジアを植民地化する常套手段で衰弱した政権に軍備を貸して
反乱軍を討伐させ、その代償に利権を獲得する。自ら手を汚さずに現地人同士を
戦わせ利権という甘い汁を吸う植民地化は東南アジアの殆どがその犠牲になった。
けれども小栗の構想は幕閣の公然の秘密で、皮肉にも亡ぼされるはずの薩長側や
志士たちに日本の危機を感じさせ、逆に幕府から離れていった契機の最大原因は
小栗案を知ったからといえる。薩長にしてみれば座して待てば潰される危機感が
倒幕の原動力になったのは当然の成り行きだった。歴史の大きな曲り角は頑固な
伝統主義者と新しい時代を求める革命主義者との戦いだが幕末もその例外でない。
ドラマは下関の戦いを終えた竜馬(福山雅治)が長崎に戻るが幕府のお尋ね者で
街に出られない。いっぽう土佐藩後藤象二郎青木崇高)は時流を察した藩主
山内容堂から「薩長と密かに手を繋げ」との命で長崎にその手段を模索していた。
弥太郎(香川照之)は土佐商会の商に竜馬の名が必至と知っても後藤に言えない。
土佐藩上士の後藤はかつて武市半平太(大森南萌)を死罪に追いやった張本人で
竜馬にとっては不倶戴天の敵で憎みきれないほどの恨みはあっても現在の時点で
土佐を倒幕のメンバーに加えるには私怨を越さならない葛藤があった