隠居の独り言(1090)

人からあなたの故郷は?と尋ねられれば即座に東京と答える。それほど東京が好きだ。
子供の頃を除いて大半の人生を東京で暮らしたが。これでも若い時分は歳を取ったら
田舎で暮らし日々自然と戯れるのが憧れだったし、故郷に錦を飾るのが若者の夢だった。
でも現在では東京にぞっこん惚れこんで離れる気はさらさらない。人は惚れたら地獄だ。
なにより日本の中心であり日々進歩を続けている街の風景も交通機関も遊びの場所も
生活の便利さも東京をおいて他にないだろう。芸術を鑑賞するにも、お洒落を選ぶにも、
美味しい食事をするにも、素敵な街並みや公園の散策も、こんな豊富に楽しめる街は
おそらく世界でも稀だと信じている。15歳で田舎を出てからウン十年、東京の土地に
根っこを下ろした喜びは今更ながら好運の恵みだが、今ここに生きている自分は東京が
たまらなく好きで愛おしく、これが産まれるのが少しでもずれていたなら、お金持ちの
息子であったなら、もし戦争が無かったなら、おそらく東京に巡りあわなかっただろう。
若い頃は仕事や遊びなどで東京を離れるのが楽しみだった。都を出れば美しい海山の
景色があり食事も空気も新鮮で何より都会の人混みからの解放感がとても好きだった。
不謹慎な言い方かも知れないが今ごろ都会であくせく働く連中に対し、ざまぁみろと
快感すら覚えたものだった。それが帰京するのが嬉しくなったのはいつの頃だったか?
歳のせいなのか?否そうではない。言葉に尽くせない東京の魅力が染みついたせいだ。
旅の帰りに夕方から夜にかけての新幹線や在来線の窓から宝石をちりばめたネオンの
光り輝く東京の夜景が近づくとほっとする自分に気付きはじめた。帰ったというより
都会の雑踏に紛れ込む安堵感が何とも和むのは東京の空気が自分に合っているからだ。
住いの両国には国技館、回向院、江戸資料館、安田庭園があり電車を5-10分乗れば
浅草の繁華街、上野の芸術に満ちた公園があり、日本橋、銀座も近い。今年オープンの
東京スカイツリーは家の近くに聳え夜ともなると素敵なネオン塔に輝き気分が癒える。
東京は欧米の大都会に比べて美しくないと言う人もいるが、ビルの統一感もなく美的と
いわないまでも、わい雑感もとてもいい。その昔、青雲の志を抱いた少年が東京に憧れ、
東京に住み東京をターミナルにすること、その願い叶った一人の老人のつぶやきだ。