隠居の独り言(1291)

男の眉毛は髭と同様に歳をとっても衰えを知らないが白いのが異常に長くなってくる。
昔のおとぎ話に登場の花坂爺さんや桃太郎のお爺さん、浦島太郎が玉手箱を開けた
ときの眉はみんな太くて長くて真っ白だ。昔、社会党の委員長だった村上富市さんも
そうだった。男も平安の昔の偉い人は化粧をしていた。公家ともなると顔の手入れに
怠りなかった。眉の毛を抜いて殿上眉をまるく描き歯は黒く染めていた。源平時代の
平家は武士を忘れて公家になり女のように化粧し始めたのがいけない。素のままの
源氏に破れた最大の原因だ。源平合戦一の谷で源氏の熊谷次郎直実が死化粧した
平氏の将・17才の平敦盛を討ち取ったのはあまりにも有名だが、やはり武士は武士
らしく男は男らしくがいい。歌舞伎の二枚目役は気味が悪いほど白く塗る。勧進帳
義経も、蘇我ものの助六も、仮名手本忠臣蔵の大石も、二枚目の役者がおしろいを
塗らなければ観客が承知しない。白化粧は看板役者の若く溌剌とした象徴でもある。
今の芸能人で美輪明宏美川憲一、おすぎ、ピーター、假屋崎省吾、カルセールなど
男性を失った人たちが全身化粧してテレビ出演する今の若者文化は好きになれない。
そして舞台やテレビのうえでなく街で化粧顔した歩者が闊歩している。日本も廃れた。


当たり前のことだが誰も歳は取りたくない。鏡の前に立って昨日と今日は変らなくも、
昨年の今年は微妙に違うし10年前とは大違いだ。鏡は今の在り様をそのままに写す。
男も女も、浴室の鏡の前で全身を晒して体がうっとりできるのはせいぜい30代までで
峠を越えれば凹凸部分が平面化し肌の色艶も衰えやがて体型の変化に愕然とする。
女性は化粧するから光線の角度や具合によって多少の写り方の違いでとりあえずの
安心を得てホット吐息をし、美容院へ行って髪の毛を染め、お顔の美容を入念に施し
手足にマニキュアを付け、お買い物やお友達の会合に、いそいそと、お出かけになる。
その点、男はスッピンで年齢イコール容姿だから鏡の前に立つ気持ちにはなれない。
それより体の美醜以前にまず表情や表現能力が衰える。皺の山脈、頭は砂漠化し、
肌は荒れて、目は朝靄で、耳が遠くなり、歯が抜け落ちて、背中や腰が海老になる。
一口に言えば「生気」がなく、今以上の高望みは不可能だ。人様が「お元気そうで」と
お世辞を頂ければそれでいい。僻みもあるが齢を取るというのはそういうものだろう。
そして老人の哀しいのは若い人から遠ざけられることで話題の内容が大きく違うのと
見た目の老醜の嫌悪感が要因になる。寂寥感はこの齢にならないと分からないが、
誰もが到達する最後の人生ロードだろう。老いの憐れみを人に乞うているのではない。
老いは人生の達成感をしんみり噛み締める時といえる。自分もそんな歳になった。