隠居の独り言(1341)

家の近くの横網公園は日々の自分の憩いの場所だが、いつもの座るベンチの横には
「ハトにエサをあたえないでください」の看板が立っている。ハトの公害が問題だという。
ハトの糞の病原菌の媒介や羽毛のアレルギー症状、鳴き声や羽音の安眠妨害など・
以前は公園の中の売店でハトのエサを売っていて、子供たちがエサを与える風景も
あったがそれもなくなった。そのせいか公園の名物だったハトがめっきり少なくなった。
ハトばかりじゃない。最近はスズメやカラスの鳥たちも公園に少ないのはとても淋しい。
鳥の生態について心得がないから何も言えないが人間と同じ場所で一緒に暮らして
馴染みになっている鳥たちが同世代に生きる仲間として親しく同居したい。鳥たちが
居なくなれば何か悪い前兆とまで言いたくないが、何か物足りなさを感じているのは
自分だけじゃない。何年か前、テレビで「鳩の居る風景」という日曜ドラマがあったが、
昭和の頃には庶民の生活の中に溶け込んだ生き物としていつもハトが存在していた。
ハトは平和の象徴として世界からもてはやされているが実際は厄介者扱いにされる。
反面タカは戦争のイメージだが今は数が減って絶滅危惧種に指定され大事にされる。
人間は勝手なもので動物の数が増えれば平気で間引き減れば慌てて保護に当たる。
カラスだって同じ運命で「カラスの赤ちゃんなぜなくの」「カラスが鳴くから帰ろう」など
昔の童謡には欠かせなかったカラスも生ゴミを餌にして嫌われ、鳴けば不吉があると
嫌われる。カラスの体の色が黄色とかピンク色だったら、さぞかし愛でられただろうが、
黒色だったため嫌われた。スズメも目立たない地味な茶色のため大抵は無視される。
でも先方には先方の都合があって色を決めているのだから人は批判する資格はない。
それにしても日本の都会では新都市計画とやらで、やたらと樹を切り倒し野鳥の数も
種類も激減している。人間は見た目の可愛い動物だけ「動物愛護」など言っているが
ペットの犬や猫には愛情掛けても、人のすぐ傍で暮らしている鳥や虫には関心がない。
人は生物を食して生きているわけだから、せめて近くの小さな生き物に情を注ぎたい。
この季節になると公園の銀杏も色づいてベンチに座りながらフランク永井の歌を歌う。
♪鳩が飛び立つ公園の 銀杏は手品師 老いたピエロ・・銀杏の黄色はとても好きだ。
公園があって銀杏があり、銀杏があって鳩がいる。秋の風物詩にも鳩が同居している。
今年もあと二ヶ月、ハトの群がる公園の銀杏の秋の景色を大切にしたいと願っている。
少しはハトにエサをやってもいいじゃないか。