小僧日誌 その十一

東京に出てきて、はじめて見た映画は何だったか記憶にない。今と違ってあの頃は大抵の人は映画を観るのがいちばんの楽しみだった。小僧は月一度の休みの昼間は自転車の東京見物だったが、夜は近所にある映画館に観にいった。お金がないから封切館は行けないが、安い映画館はたくさんあった。とくに電車の駅の傍には最低でも一館はあった。値段もピンからキリまでで小僧はキリのほうを吟味して観に行った。二本立てというのが常識で、中には三本、四本もあって、そのせいか見たい映画以外も観ることになり裾野が広がって、話題のネタには事欠かなかった。同僚の中には朝から夜まで映画館にいたつわものもいた。しかし映画もそのころから斜陽産業で、場末の映画館ではストリップショウと三流映画の併映で、映画よりストリップのほうが感激した小僧だった。場末にある地下の映画館はものすごく狭くて切符を買って入り口に入るといきなり人の圧力で人の背中でぎっしり・・席もない映画館はトイレのすえた臭いだけが印象に残るが、それでも古い有名な作品が多いので極悪条件でも混んでいた。ジャンヌモローやイヴモンタンを知ったのもそんな映画館だった。まだ白黒映画の時代で、だからフランス映画など、重く、暗く、ゆっくりとしびれた雰囲気が自分と重なった思いがした。今に思えば滑稽だけれど、若い感傷はこうして芽生えていったと思う。小僧の青春は、東京見物の温故知新であり、映画鑑賞で世間を知ったことだが、それとは別に小僧には好きで憧れた人がいたけれど、告白できる状況もなく、映画のストーリーのように発展するわけもなく、夢と憧れだけで終わってしまったが、後悔というのでなく、青春のいうものは手が届かない空間のことだと感じた。