小僧一人旅 その三

松下幸之助本田宗一郎など、丁稚小僧から身を立て一代で築き上げた経営の神様、幸之助の言葉に「商売とは感動を与えることである」の名言がある。良い品物を作り、お客に喜んでもらう。商売冥利に尽きるのは言うまでもないが、といって成功する保証はどこにもない。人は人、自分は自分としてしか生きられない。それが人の運命であり、名言は有難く頂戴してわが道を行くしかない。「あきない」の基本は誠実、資本、人脈、技術、創造力、我慢、そして運で決まる。どの一つ欠いても成功はおぼつかない。始めの一年は奉公先で覚えたキャップ、セーラーハットを問屋に納めていたけれど、一人の生産では、高が知れている。売上、利益を伸ばすためには量産は必須であり、それには専属の帽子職人を探せねばならない。とにかく遮二無二前進しかない。相手に誠心誠意を示すこと、仕事内容を明らかにすること、支払いは期日を守ること、それが信用に繋がることを痛切に思った。資金の無いところは、若かったからこそ、そして独り身だったから出来た綱渡りの曲芸みたいなものだった。業界の製品の流通経路は製造業→問屋→小売屋のルートだが、資本の僅かな小僧は、お金の回転が急務で、そのためには問屋抜きで直接小売商に売れば利益率も違い、何より手形でなく現金が欲しかった。そこで目に付けたのは問屋でなく上野のアメヤ横丁の小売商で、飛び込みをしたら、何か所かの店で買って頂き、逆に向こうからこんな帽子は出来ないかと注文された。発想したことを、すぐに行動に移したことの重要性がこれほど感じたことはない。中でもアメリカ製のGIキャップやアポロキャップを作ったら相当数の注文があり、今なお商いが出来ている出発点の運と考えている。アメ横は戦後の露天商の集まりから出来た集合体の感じだが、その場所を基点に成功を収めた人々も多く、戦後の混乱、成長の一つの象徴だろう。今も取引のカシラさん、EDWINさんなど、小僧の商売もその「おこぼれ」を頂いた。思うにつけ今も足を向けて寝られない。