小僧一人旅 その七

ある日、裁断を頼んでいた向かいのお爺さんが倒れた。小僧は近くの医者に走り往診してもらったが脳出血で、しばらく安静にして入院させなくてはとのことだったが、入院費用もなく、お婆さんは内縁関係のこともあって本宅に小僧は連絡したが「そちらで処置してください」と冷ややかな返事に戸惑いと人間の業を知る思いがした。とにかくその日からお爺さんの介護しなければならない。全身麻痺で一日何回かシモの世話は初めての経験で二人がかりの作業は始め臭いに閉口したがそれも慣れ、お爺さんの好きな煙草を咥えさせると美味そうに吸って、安堵した顔を見ていると、こちらも嬉しくなる小僧だった。床ずれ防止には2,3時間毎に寝る向きを変えねばならず、暖めたタオルで全身を拭いてあげるとお爺さんは泣いた。ある日、お婆さんが出かけた後、呂律廻らぬお爺さんが「痛いよ、痛いよ」と泣いて、目で指すので調べてみたら太ももの辺りに直接洗濯はさみが何本か挟まれていた。皮膚が青ずみ内出血した赤い肌をマッサージしたが、それにしても、お爺さんとお婆さんが、過去にどんな、いきさつがあったにせよ、男と女の醜い嫉妬と執念と、道ならぬ恋の末路を見た気がして小僧の胸は痛んだ。介護は食事も着替えもシモの世話など諸々の事柄は一人では無理で、それは体験しなければ分からない。小僧にとって仕事の合間を縫っての短時間介護なので至らぬことも多く、お爺さんは満足してくれただろうか。お爺さんはそれから半年ほどで、あの世に旅立った。思えば得難い体験をしたと思う。そこから得たものは、人間はキレイゴトだけで生きていけないということ・・それはいつか自分も通る道で、老いゆく身の哀れさ、終末の悲しみ・・鬱積の気持ちは暫く晴れなかった。直後にお婆さんも家を出たが何故か黙って消えた。お爺さんが働いた裁断の仕事と留守番役を失って小僧は常雇いの裁断士と縫製職人を探すことにした。