小僧一人旅 その八

職人さんの紹介で来た裁断士は腕前も中々達者だが、とても気さくな人で先の大戦を実際に戦った引揚者で、中国からマレー半島ビルマと戦地を転戦したそうで、小僧も昼休みに、その体験話を聞くのが楽しみだった。裁断士も話が上手で、お茶を飲みながら居ながらにして戦地を知るようで興味深いものが多く歴史好きの小僧は、つい聞き入ってしまう。戦争体験者でないと聞けないが、裁断士はビルマ戦線のときの凄いエピソードの話をした。腹痛が酷く盲腸炎と分かったが、そのときの手術の話は衝撃的で医者もいないし放っておけば死ぬだけだから同僚の衛生兵が短剣と剃刀だけで麻酔も消毒液も無く同僚に手足を抑えられ、余りの痛さに失神してしまう。それでも盲腸を切り術後は小川の水で洗浄したという。今無事に日本にいられるのは余程の生命力と運だろう。ビルマインパール作戦は日本軍の惨敗で生存率は1/10というからよくぞ生きて帰ってこられたものと思う。「戦争は所詮“運”だよ」彼の言は今も耳に残っている。先の戦争に負けたのは結局、持てる国と持たざる国の懐の深浅度合、レベルが悲劇的ほど大きく違ったからでステーキの米国と栄養失調の日本では勝てるはずない。戦争の反省は戦前の日本が丈より背伸びし過ぎたこと、どんな理由でも勝つ側に組しなければ地獄だということ、分相応が美徳である武士道の精神を忘れたからだろう。当時の日本人の殆どは多かれ少なかれ戦争体験者で、戦中の時代に生きた世代はそれなりに心の芯の強さや逞しさも備わっていた気がする。