小僧一人旅 その十

日比谷公園にチューリップの華やかな花壇があり、傍には大勢のカップルたちが青春を謳歌している。お見合い相手は上野高校出の銀行に勤める才女でその容姿、言葉、仕草に小僧はひと目で気に入った。♪妻を娶らば 才長けて 見目麗しく 情けあり・・与謝野鉄幹の歌のように性格も明るい感じの人で、始めに「おかず横丁」の寿司屋の二階でお見合いし改めて日比谷を散策しながら互いの身上を語った。小僧は履歴を書いたが学歴の無さは恥ずかしい。生年月日と住所だけの履歴書に引け目を感じた。「気にすることないのよ。人は学歴じゃないから」彼女の言葉は嬉しかった。初めての見合いなので、生活する自信があるか、彼女を幸せにできるのか、自問自答して答えの出せない自分が情けなかった。公園では二人の話がテニスのラリーのように弾んで楽しい時が過ぎていたが近くの有楽座で映画を観た。映画は「恋愛専科」。今の出会いに重ねるようだった。スザンヌ・プレシェットとトロイ・ドナヒュー主演映画はイタリアの観光名所をバックの恋愛物語に夢を見た。主題歌のアル・ディ・ラは今も思い出すごと口ずさむ。二人の雰囲気が盛り上がりを感じ縁の神の導きなのか帰りの喫茶店で思い切って今の気持ちを彼女に告げた。「あなたと生涯過ごしたい。しかし二年間待って欲しい」彼女は無言だったが何日かで女将さんから返事が来た。「この話、無かったことにして」小僧は黙って頭を下げた。女性の気持ちを察することが出来ない未熟、優柔不断。大きな幸せが逃げた。映画の筋書きのようにいかない。