小僧一人旅 その十一

独り立ちして丸二年が過ぎたお正月に久しぶりに帰郷した。まだ新幹線は開通してなかったので東海道本線の夜行列車、神戸行き特急「銀河」に乗り、その先は山陽線普通に乗り換え、姫路に着くが、電車が明石から播磨平野に入ると車窓からは遥か遠くに姫路城が見え食い入るように光景に釘付けになる。車窓からの姫路城は繊細なまでに美しく小高い姫山に近づき天守閣を仰げば規模の壮大さは息をのむばかりに胸を打つ。こんな素晴らしい城は他にあるだろうか。姫路を故郷に持つ小僧の心は「ふるさとへ回る六部は気の弱り」の心境だった。当時は8時間も掛かって列車の走行の音がしばらく耳に残る。それでも初めての上京のときは13時間、今は新幹線3時間、時の進化は素晴らしい。父はあれからすっかり元気になって仕事も始めて安堵した。小僧は仕事の経過を父母に報告し安心してもらった。母は「よかったなぁー、ほんまによかった、今度は嫁はんが来てくれるとええなぁー」故郷の言葉はいい。「訛り懐かし停車場の」啄木の詩のよう小僧は江戸弁を捨て姫路弁にスイッチを切り替える。嫁に行った妹も里帰りして、総勢8人、気兼ね無い話に改めて親兄弟との再会が嬉しい。夕食はみんなでスキヤキパーティにしようと言う話になり、しばらくスキヤキは食べていなかったのでお腹が鳴った。関西のスキヤキの調理法は熱した鍋底に肉の脂を敷き、まず肉と青ネギを炒めて醤油、ミリン、砂糖をタップリ入れ、あとは色々な具を炒めていく方法だが、父が調理しながら「正樹、肉食べやぁー、肉食べやぁー」と真っ先に牛肉をお碗に入れてくれて父の味に舌が酔った。お酒も出たが何年も飲んでいないので体質も変わってチョコ一杯で赤くなり、酒も煙草も全て絶って始めた帽子屋稼業は、身体の芯まですっかり変わっていたのに気が付いた。夜遅くまで時間を忘れて、父母、兄弟たちと駄弁った。故郷の家族って何に代え難い素晴らしいものなのか。離れて初めて分かった暖かみに心は涙した。