長寿社会 その八

人生の砂時計は、どれほど砂の残量があるか分からないが所詮は運と思う。余生はお金じゃ買えないが残りはおつりだ。15年前70歳健康診断で血液検査の腫瘍マーカー(PSA)の数値が上がり精密検査で前立腺ガンの告知を受け其の後に全摘出手術をした。手術前には女房も呼ばれ医師の説明は「リンパ腺にガンが転移していれば手術は即時中止します」と宣告された。山の神曰く「昔さんざ女を泣かした罰なのよ」と憎まれ口を聞いたが、女子を養い難いのはこの世の鉄則だ。オペの前夜にベテランナースが事務的に剃毛を済ませたが感傷は切ないが実際的ではない。眠れぬ一夜は長かった。手術台に登ると俎板の鯉で終わるまで神に祈るしかなかった。オペの7時間の麻酔時間が切れた時、とっさに調べたのは尿道に管が入っていたこと。手術成功の証で心は狂喜した。あの気持ちは一生忘れられないが、でも生まれ変わった感で命の大切を身をもって知り、日々の生活の大事さを痛感した。恐れ多いが、同じころに天皇陛下前立腺がんに罹患され平成15年1月18日に東大附属病院で、手術を受けられ、無事に成功裏に終わったと聞いて我が事のように喜んだ。ガンは患わないに越したことはないが、患ったことによって生きる人生観が大きく変わったのも病気によって学習する。風景や自然を楽しめる心の余裕が出てきたことも、ふとした小さなことでも感動を覚えたりするのも、今までになかった新しい発見に喜びを覚えるにも病気のおかげと思っている。世の何万分の一も知らない一人の人間の頭脳や知恵ではいくら大きな事を言っても苦しみや悲しみを体験しないと、生きることの価値観が分からないまま終わってしまうだろう。戻らない時間を愛おしく思うのも患ったからにほかならない。今こうして文字を綴る時間が与えられたのも、きっと神さまのご褒美だと感謝している。 長寿を得た果報者は嬉しい。