隠居の独り言 24

「隠居」を広辞苑で調べれば「世事を捨てて閑居する事・家督を譲って隠退する事」とある。その定義からすればボクは「にせ隠居」もいいところで仕事や家族の面倒で結構忙しい。趣味の時間など、自由が有りそうで無くて、例えば一泊旅行の遊びも仕事の手前、名目が必要で「ぶらりと出かけます」とはいかないのが辛いところだ。ヒマも自由もない隠居なんて可笑しな話だが、そこは自営業の気楽さで適当に理由を付け、道楽の時間は好き勝手なことをさせてもらっている。高齢者優遇のJR「ジパング倶楽部」会費は取られるが年2,3回の遠出で充分にモトが取れるので旅行に欠かせない。他にも株主優待券で日光や箱根などで遊んでいる。ついでに書くなら都内在住者が70歳以上になればシルバーパス券があり都内のバスや都営地下鉄は無料にしていただいているが、もの好きの隠居には見聞と発見が広がって嬉しいこと、この上なしだ。都内には江戸時代の名所旧跡が多く新しい発見を探しながら小さな放浪の旅をしている。歳取る事はいいものだと思えるのは若い時と違ってアクセク働かなくても明日の事を気にしなくてもいいから・・島崎藤村を読めば「千曲川旅情の歌」の中の詩に「昨日またかくてありけり 今日またかくてありなむ この命なにをあくせく明日をのみ思いわづらふ」と詠われたが過去、現在、未来へと滔々と流れる“とき”に身を任せるのが隠居の処世訓だろう。今日で今年の前半戦が終わり、明日から後半戦へのバトンタッチの日、後半も気楽な隠居を続けたい。