隠居の独り言 42

確かに戦前の子供は親の躾や学校の教育方針は厳しかった。家では親に対し、反抗的な口答えは絶対に許されるものでなく家の中のものごと一切は、まず父親からの行動が始めだった。江戸期からの儒教の思想が浸透していて目上を尊ぶ精神は親であれ、他人であれ絶対的でそれが道徳観の基本であり社会が平和に保たれたのも底がしっかりしていたからと思う。小学校の教育にも反映されて週明けの月曜日一時間目は必ず「修身」で、「読み書きそろばん」は詰め込み主義だが、その時は意味が分からなくても丸暗記で覚えたものだった。男には兵役義務があり20歳になれば徴兵検査があって健康な男性は2年間の兵役生活を経験し苦労に耐えた。百の説法より一つの体験で歳の節目に心身を鍛える事は、その人の人生にどれほどのプラスになったか分からない。小さい頃の苦労は買ってでもせよは本来の教育の姿だが徴兵制度の是非はともかく良き人生経験だったと顧みる。ボクが生まれた僅か80数年前の日本は、殆んどの人が田や畑で菅笠被って土地を耕していた農業国家だった。大正ロマンや昭和モダンも流行の一部に過ぎなかったし人口の9割方は「日本昔話」の世界のような自然溢れる悠久の時間を実感していた。反面に厳しい環境や辛い農作業も体験したが、それ以上に暮らす人の気持ちは素朴で、なにより互いを信じあえる秩序が保たれていた。しかし悠久の時は、ここ一世紀で一挙に変貌を遂げて文明の発達はやがて人口爆発を招き、自然の破壊や人は荒廃し便利な裏腹にマイナス面の多いのに気づく。ボクの生きた時期が人類の曲がり角に当たったことは確かだが、最近になってやっと失った道徳とか倫理に論議のあるのはとても良いことだけれど人心の退廃の原因の多くは戦後自虐的な教育の考えに他ならない。今の大人も小さい頃から教えられた学校での教育は戦前の全て悪者で、それを基本に育てられている。戦後一世紀も近く、ここにやっと本来の戦前の姿をまともに見ようとする気分になったのは嬉しい。