隠居の独り言 145

「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」この文章ではじまる司馬遼太郎の「坂の上の雲」を最近、再読しはじめました。明治維新を成功させ近代国家として歩み出し日露戦争勝利に至るまでの勃興期の明治を描いた作品で、全8巻の大作です。明治27年日清戦争最中に生まれた祖母は数え歌を歌った。♪一月談判破裂して 日露戦争はじまった さっさと逃げるはロシアの兵 死んでも尽くすは日本の兵 五万の兵を引き連れて 六人残して皆殺し、七月八日の戦いに ハルピンまでも攻め寄せて クロバトキンの首を取り東郷元帥万々歳・・♪・・11番以降は略・・「坂の上の雲」の背景と事実は、遥か遠い彼方の歴史でなく、つい最近まで生存していた、三、四代前の曽祖父母の生きた明治時代の物語で、手の届くような親近感と、先祖の温もりが未だに残っているような気さえする。祖母から習った数え唄を今でも暗唱して歌えるのは、明治の遺伝子がボクの頭の中に伝えられているのも嬉しい。幼いころの爺ちゃん、婆ちゃんが、このような背景の世で暮らしていたかと興味と感慨を深くする。一世紀という単位は、近いようで遠い存在だが昭和・平成に生まれた世代が温故知新を育むのには最も良い距離だろう。20世紀はまさに世界史の分水嶺で世間が変化していくのか。日本の分水嶺起爆剤の役割を果たしたのは、様々な面で日本人全てが国運を賭けて戦った日露戦争ではなかったか。歴史は一世紀過ぎ初めて彼我の公平な考証が出来るという。戦った両方が冷静に史実を判断できるということなのだろう。「坂の上の雲」の背景は明治の世、主役は四国・伊予松山に生まれて日清・日露戦争に活躍した秋山好古・真之の兄弟と、日本の俳諧に大きな業績を残した正岡子規の三人の物語で、彼らの目を通して明治時代という日本の未曾有の近代国家の発展のプロセスを見ることが出来る。明治という時代は今より国家や個人の目的がはっきり見える時代だったと思うけれど内面は今より広く、豊かだった気がする。それは戦争を前に人々は重税を負担し食うや食わずの生活でも悲壮感は無い。軍人たちもまだ武士道を持っていた。戦った相手にも礼節を尽くし、ただ勝てばいいということでない。その武士道精神を貫いた日露戦争といえる。作品は司馬遼太郎の絶頂期の四十代に集中され、準備期間4年、執筆が5年というから司馬さんも四十代全て坂の上の雲だったと述懐したという。作家として最も脂の乗った時期で再読を始め満足している。