隠居の独り言 159

ボクの独断と偏見だが、平成のイケメンはキムタクだが昭和のイケメンといえば美男俳優の長谷川一夫だろう。長谷川一夫は19歳でデビュー、75歳で亡くなるまで「水も滴るいい男」だった。一般的に見て、今の日本の若者はカッコいいのが多いけれど、歴史を紐解くと美男の祖は日本書紀に出る日本武尊あたりか?娘に化けたという伝説があるくらいだからイケメンに違いない。美男子の姿は愁いを秘めて女装してもサマになる姿かたちで文武両道にも長け特に女性に優しいのも美男子の資格だろう。時代が飛んで7世紀の大津皇子草壁皇子なども何年か前に墓が発掘され、遺骨の状態から判断してイケメンだったとかで二人は享年23歳と27歳、つまり夭折するところも涙を誘う。源義経も美男子の誉れが高く、後に兄の頼朝から追われて悲運の人生を歩んだため「判官びいき」の言葉も生まれた。義経も享年31歳。源平の一の谷の戦いで熊谷次郎直実に首を取られた平家の美少年の平敦盛は僅か17歳だった。笛の名手でもあり、後には能の「敦盛」の題材となり一節の「人間50年、下天のうちにくらべれば」を謡い信長は死んだ。下って戦国末期の大阪夏の陣で豊臣方の使者で美形だった木村重成は弱冠22歳で狸親父徳川家康と対等に交渉して豊臣親子の命の保証を約したのに家康はそれを反故にした。江戸期の島原の乱の容姿端麗だった天草四郎も享年17歳。幕末でも新撰組沖田総司土方歳三、伊庭八郎、そして草莽の志士・吉田松陰、橋本佐内、坂本竜馬高杉晋作・・・イケメンで若死にしている。これら偉人が天寿を全うしたなら日本史も大いに変わっただろう。昭和の石原裕次郎は52歳、思うに日本人の感じる美形の美学は悲運や夭折があってこそ完結されるものと感じる。たとえ悲運でも平凡に生まれ平凡な人生を歩んだ凡才には名を成した人が羨ましい。