隠居の独り言(1031)

食べ物に関して殆ど好き嫌いの無いのを自負する自分だが、なかでも餃子は大好物で
古今東西の料理の中で最高傑作だと勝手に思っている。分類上では中華料理に入るが
初めて考案した人に敬意を表したい。箸で食べやすい形状、こんがり焼いた色具合、
出来上がりの湯気の感じ、中の具の材料は店によって多少の違いはあっても横腹から
ニラの緑色が透けているのも食欲をそそる。でも餃子を初めて食べたのは意外に遅く
20代後半で先輩と神田ガード下の提灯の並ぶ小さな餃子屋で食べたのが最初だった。
「餃子って何だ?」「お前知らないのか?可哀相な奴だ」と先輩の軽蔑の眼差しが甦る。
醤油とラー油を混ぜ酢を垂らしたのも初体験だったが何よりその美味しさに感動した。
貧しかった小僧時代は滅多に外食できる身分でなく餃子に遭遇しなかったのも助けた。
独立して間もないチョンガーはその日から安くて美味しい餃子に病み付きになったが
近所の鳥越横町の餃子は実に美味かった。豚肉、キャベツ、ニラ、ニンニク、ネギが
程よく入って口の中を幸せにしてくれたし店のオバサンもチョンガーの事情を知って
2,3個おまけしてくれた。自炊した白い飯にホクホクの餃子を乗せるのが一番だった。
チョンガーには好きな人がいた。しかしデートの前日には餃子を食べるのは憚られた。
餃子の匂いも気になるがニラやニンニクで精力付けていると相手に見透かされるのも
男の美学から失格の気がした。だからデートの食事はいつも喫茶店のサンドウィッチか、
スパゲティを不器用に巻いて食べたイタリア料理店を定番にしていた。店のBGMは
いつもカンツォーネが流れていたが下手な演出はデートには何の役にも立たなかった。
今に思えばデートの場所は生活感の溢れるガード下の餃子屋が良かったかも知れない。
オジサンが餃子を焼く待つ間に楽しい話を交わしながら二枚の小皿に醤油とラー油と
酢を入れ、餃子が焼き上がったらサッと割り箸を割って彼女の右手に差し出したなら
チョンガーの底深い愛情に彼女は感激してくれただろう。今気付いても既に時遅し!
餃子は美味し、思い出は、ほろ苦し・・